2008年02月27日

いつものことを

 専大へ続く坂道の途中。夜8時過ぎだったろうか、横を見たら一匹の子狸と眼が合った。緑に囲まれている専修大学だけれども、野生の狸が出るとは知らなかった。


 毎日の練習の中で、試合のために今できることはたくさんある。それでも限られた時間の中で、やれる事には限界があるのも確かなこと。さらに、チームスポーツとして、全員がそろって同じ時間に同じ場所で、同じ事をやるなんて実は奇跡に近い。ましてや、実際の試合を考えたとき、今一緒に練習しているメンバーが果たして共にピッチの上にいるとは限らない。勝利を目指す以上、11人という限られた数名だけがチームの誇りと信頼を背負い、表舞台で戦うことが許される。
 いつもの練習で、何がしたいのか。自分はその練習でどうなりたいのか。何がチームのためにできるのか自問自答してしまう。まだいける。もっといける、そう信じてしまう。先日、勇退された先輩とメールをする機会があった。11人のうちの1人として常に専大を背負って立った先輩。その先輩から、「お前も、今まで通り頑張れよ!」という熱いメッセージを頂いた。もっと頑張れる。やらなきゃいけない。そう思った。


 社会に出ると、些細なことに感動する力が要求されるという。何気ないように見える、普段の練習。この中でこそ自主的に新たなことにチャレンジし、課題を克服していく姿勢が問われる。以外に感動と発見は近くにあるものだ。

2008年02月20日

今、プレイできる意味

 風が勢いを増してきた。翼があれば飛べそうだ。天気予報によれば、春が少しづつ近づいてきたらしい。寒波は弱まり、昼の暖かさは増す。


 北グラウンドの工事が進む。一度は茶色い土まみれ一色になったグラウンドが、芝の緑に染められる。選手たちは、今グラウンドを他に借り、技術の向上に励んでいる。そのなかで、感じる選手の成長がある。グラウンドを借りることの喜び、感謝の気持ちが表に出るようになったことだ。たとえ、体育館の体力・筋力中心の練習メニューが続いても、なぜ何のために今追い込む必要があるのか。1人1人は感じ取っているようだ。それは、特に選手(新2年生を中心とした)が付ける、「専大サッカー部ブカツブログ」の内容に表れている。
 ブログの中で、その日の、グラウンドの表情を書き込む選手が多いことに好感が持てる。なぜサッカーができて、何のために今サッカーを選び続けるのか。この意味が姿勢に現れているからだ。見習うべきは彼らの姿勢だ。彼らを見ていると、負けていられない。何より自分の弱さに屈してはいけないと思う。楽しいから、好きだから。サッカーする理由は一つではないだろう。それでも今、敢えてサッカーを選んでいる意味を改めて考えずにはいられない。期待と信頼に裏づけされた支えの存在。これを意識しておく必要がある。


 気づかないほど多くの支え。20歳を過ぎたとき、意識せずとも背負うものがでてくる。私もプレイできる意味を知った選手でありたい。彼らに惹きつけられた人々で、スタジアムを専大グリーンに染めたい。
 応援よろしくお願いいたします。