2008年05月28日

結実

 沖縄に続いて九州南部も梅雨入りを迎えた。関東地方の夜は、それでもまだ涼しさを残す。


 関東リーグ戦は前期最終節を迎える。各選手、納得のいく取り組みができた点もあれば、できてない点もある。ピッチの上の選手に限らず、スタッフ・サポーターもまだできると感じている気持ちは同じだろう。むしろ、ピッチの上で想いを直接実現できない分、まだできる、やれるという歯がゆさを強く感じているのかもしれない。
 試合を戦う中で、選手たち自身、イメージの合う攻撃や合わない攻撃の仕方を感じ取ってきた。自分の思い描くパスコースに、必ずしも仲間からのボールが来ないなんてことはざらだろう。そこで要求し合うことで互いの距離感を図り接点を増やしてきたはずだ。
 ただ、スタッフや、マネージャーなどの間での距離感の図り方は少し特異な気がする。互いの成果、反省点を指摘し合うこと。これが選手間とは違い、その場ではすぐに訪れない。若干のタイムラグがあった後に成果が人の目に触れるからだ。この意味で、選手以上に頑張りや成果が評価されにくいとも言える。
 ただ、私も含めて、最近は選手たち自身の手で、部の広報やチラシ配りをする機会が与えられている。こうした大学サッカーならではの取り組みは、誇りの一つだと思う。スタッフ・マネージャーの気持ちを汲んだ取り組みをすることは、知らず知らずのうちに選手のパワーにもなっていく。また、なにより100名前後の大所帯を飛び回りチームを繋げていくスタッフ・マネージャーの動きを感じとるように、選手が常にアンテナを張るようになれば、自然とチームの状況が客観的に見えてくる。そうすれば、今はどんな行動をとることがベストなのか、どんなミスをしてはいけないのか分かってくる。


 チームを支え、動かすスタッフ、マネジャー、サポーターの力は、1年2年と年を重ねていくごとに次第に感じとれるようになってきた。それと共に、安易なミスはせずに要求にあったプレーや仕事ができるようになってきた。
 選手として、一人の人間として期待されないよりは、期待される方が嬉しい。支えてくれる存在を感じとることは、同時に期待されている自分という存在意義を確認することにも繋がる。
 もちろん大切なのは期待の大きさじゃない。その選手にどれほどの期待を寄せるか。最終的な判断を下すのは相手であること。これを忘れてはいけない。この前提を踏んだ上で行った、精一杯の判断・行動は以外と実を結んでいくものだ。妄信じゃなく信じること。努力なくして成果なしだと思う。

2008年05月21日

過信喪失

 通学途中に、優雅な一輪の美しい花が咲いた。横に目を移すと、素朴ながらも凛とした野花が咲き誇っていた。


 リーグ戦は第9節を終え、専修大学は勝ち点9を手にした。目標を見据えた時、これは不本意な数字だろう。また、残念ながら試合内容も満足のいくものではない。しかし、苦しい戦いをするために1部に上がってきた。ただ2部での経験を生かし、楽に克つためにここまでやって来たわけじゃない。
 そろそろ等身大のサッカーを体現していく時期だ。基礎にチャレンジャー精神なくして、1部の舞台は生き残れない。もちろん、自分たちの焦りとは別に、周囲の評価・期待が高いのは感じる。「専大の力はこんなものじゃないだろう」と。しかし、果たしてその評価は妥当なものなのか。肝に銘じておく必要がある。技術のみに下された評価など上っ面をなでているにすぎない。
 ハートフルなサッカーを前にした時、ポゼッションサッカーは浮き足立つ。またどんなスピード感溢れるサッカーも、スペースを消され、1対1の玉際に勝てなければゴールは無い。高さや玉際で勝てないなら、セカンドボールだけは絶対に渡さないという気概が欲しい。一見地味だが、これが誇りへの第一歩。


 専大を雑草に例えるのはどうかと思う。しかし、野に咲く花にしか持ち得ない、美しさはある。また現状を見つめながらも目標は下げない。凛と前を見つめていくこと。この姿勢はたいていの美しさに共通するものだと思う。
 最近(心が)折れるという言葉を耳にするが余り正しくないだろう。これは本当に折れるだけの芯を育てる努力をした人間にだけ許される言葉。実際に努力した人間は、たとえ芯が折れても、雑草のように蘇るだけのハートをその過程で育んでいるものだ。そして、蘇るハートは以前より強く逞しくあるはずだ。過信は失って初めて気づく。自信は失ってなお輝きを放つ。

2008年05月14日

響きある限り

 カサカサッと葉の擦れ合う音が響く。風が吹き、雨が舞う。季節はまた一つ、変わり目を迎える。


 雨が勢いを増す中、リーグ戦は着々と日程を消化している。第8節を終え、前期は残すところあと3節。早くも折り返し地点が見えてきた。残り三節は、前期の課題を克服し、後期へつなげる集大成にしたい。
 パスが繋がらない。相手チームに球を持たされる場面も出てきた中、攻め手を見出す必要がある。我慢しきれずにファウルも飛び出す悪循環。今季は比較的ディフェンシブに戦ってくるチームが多い中、組織的な相手に有効な攻め手は全く無いのだろうか。
 もちろん、DFラインのパス回しから、ポジションチェンジ、そしてサイドが上がり攻撃に掛ける枚数を増やすなど、専大にも工夫は見られる。しかし、流れの中で流動的に攻め手を増やす工夫が欲しい。1点を取るために、ひと手間かけていく必要がある。


 パスコースはある。ただ、それに気づき、シンプルにパスを繋いでいけばいい。8節を終え、チームメイトのリズムを互いに感じ合えるようになってきた。感じることから始ればいい。今、誰が一番リスクを背負っているのか。どこが一番チャンスなのか。今、誰を使えばいいのか。チャンスとリスクの大きさを互いに量れるようになった時、ファウルやカードの数にも変化が出てくる気がする。
 感覚的なパスは魅力的だが、苦心して通したパスも心には響くものだ。ゴールがある以上、言い訳はしない。ピッチ内外問わず、ひと手間かける喜びを、体現していく。
  

2008年05月07日

空転

 芝の上の熱さが、真夏を想わせる。


 連日、GWと相まって公式戦や練習試合が続く中、選手達はそれぞれに誓いを持って試合に臨むんだようだ。それでもすぐには出ない結果に悩む日々。1部での1勝は容易くない。
 何よりも、各大学のチーム分析が進む中、巻き返しを図る強豪大学の勢いに分析が追いついていない印象を受ける。サブの選手の活躍が即反映されていく大学1部リーグにあって、今まで日の目を見ずに奮闘していた選手達が芽を出し、次々とトップチームで名を上げている。
 もちろん1人の選手の投入が、チームとしての特色を大きく変えることはそうそうない(専大はその点特殊なチームの一つかもしれないが)。それでも、各大学、交代で入った選手が局面を変える場面が増えてきた。
 そして、チームとして闘う醍醐味がここにあると思う。ベンチ含め1勝を目指す強いチームは、観客が見てシンプルで分かりやすいサッカーをする。出てくる選手も自身の役割を心得ている。何故、自分がベンチで、何故この場面で起用されるのか。言わずと知れた使命感さえ漂わせる。そんな選手がしのぎを削るチームは強い。


 分析には限界がある。見えない力が奥には秘められているものだ。そこが、サッカーの面白さ、楽しさ、また難しさでもある。ただ、難しいサッカーだからこそ、できるだけシンプルに。
 見ていて意図の分かるサッカーをしたい。観に来て下さる方々には、このサッカーの面白さ、奥深さを感じて欲しい。
 いよいよ蒸し暑さが増してきた。足が止まる夏場。専大の巻き返しはこれからか。