2008年11月27日

 重い雲、灰色に覆われた空。次の天候が読めない。ただ、去年の冬はもっと寒かった気がする。


 4年生が引退し、各大学は新体制に変わりつつある。専大サッカー部も、2009へ向けた第1歩が踏み出された。1、2、3年生は徐々に上級生へと変わることを意識し始める。まだ実感は湧いてこないだろうが、来年早々には否でも自覚が湧いてくる。新1年生を迎え入れる土台造り、準備は早いほうがいい。新しい芽が活躍の場を今か今かと待ちわびる。
 2008専大サッカー部は見事1部残留を決め、一方で勝ち点1差でインカレ出場権獲得を逃している。僅か勝ち点1差ながら重くて遠い1点となった。
 トップチームからは4年生が完全に引退し、新4年生たちがチーム引っ張る形に。まだチームとしての色、課題などは明確になっていないものの、ひとまずは前体制下での課題修正に終始。実際、4年生が抜けたところで大きく変わらぬ、揺るがない基盤をこの1年培ってきた。それだけに、伸びしろをつけるのが難しい。伸び悩むことないよう、ひとつでも多くの課題を見つけること。これができないとインカレ出場は遠い。
 また、より魅力あるサッカーを目指す必要がある。攻めて魅せるサッカーはもちろん、これからは守っても魅せるサッカーが求められる。観客の目は肥えている。ただボールを奪って攻めるだけのサッカーはどこででもできる。専大ならではのDFができれば面白い。相手のミスを誘う守りもあれば、前で奪ってカウンターを狙う守りもある。時には相手にボール持たせて時間を稼ぐことが守りになる。守備にも楽しさがある。私の好きなパトリック・ビエラ(現インテル所属)選手、初めて彼を見たとき、彼のボール奪取の仕方があまりに華麗で感動した。


 2008年が終わる。最終節、専大が5-1で法政大を下した試合。あの時のような爆発力も専大はもっている。それだけに嬉しい悩みも残る。果たして2009年度どんなサッカーを目指し、またどんなプレイヤーになりたいのか。そして、どんな人間に成りたいのか。新しいステージで、新しい芽に、方向性が試されている。

2008年11月20日

時には想い出す強さ

 寒波が訪れ、風に運ばれる木の葉を踏む。花を咲かせて、緑に変わり今は茶色いその葉が、次なる命の肥やしになる。


 最近は、学内で卒業論文の作成に奔走する学生の姿を見かける。今年の終わりを意識し始める。紙面ではインフルエンザに対する過敏なまでの対応が報道されている。何でも今年は、「一人感染で学内閉鎖」らしい。日本人の流行に対する弱さを露呈した記事だともとれる。
 サッカーをしていても感じることで、流れを変えるプレイヤー、決定付ける選手というのはなかなかいない。出てこないし、育てるのも難しい。実際そういったプレーや振る舞い・声を出すことには勇気がいる。積極的な姿勢を評価し合える環境・サポーターの存在がいれば話は別なのだが。
 もちろん、周りに強調できることも最低限必要な条件だと思う。一つのゴールや目的を目指すことは、大きな連動力に変わる。逆に、和を乱すことは連動性を、一瞬損なわせる。ただ、今の時期連動性だけでは勝利に繋がらない。もちろん内容にも還元されない。
 ところで専大サッカー部では、例年、(特に春先)学年の枠に囚われない選手起用がなされている。実力面も反映されての結果だが、既存の枠に囚われない発想・起用法は選手のハートにも浸透しているはずだ。もちろん便宜上学年としての上下関係はあるが、一旦ピッチの中に立てば、それだけでは戦えないことに気付く。
 時には想い出すことが必要。年度当初の葛藤とチームの悩みを。確かに、大崩れしなかったのは今年の専大のいい特徴だ。DF面の向上によるところが大きい。只、各リーグ戦が最終節を迎える今、+αが求められている。実は打開する力・決定力は誰でも大なり小なり持っている。この先に転機はある。只、それを信じて時には鼓舞する仲間、そして自分を盲目ではなく等身大に信じ続けること。これが出来たとき、サッカーが新たな感動を呼ぶ気がする。一律起動のサッカーに、専大は何かを変える+αをもっている。サイド攻撃、高速パス。玉際の気持ち。もっともっと自信もって魅せていきたい。


 最近、心なしかピッチで躍動する1年生選手に向けられる同学年(応援席の1年生)含めた選手たちの眼差しに、厳しくも尊敬と、期待の念が込められて来た気がする。春先に送っていた羨望の眼差しとは一味違った目の輝きをそこに感じる。それは、1年を通してピッチを駆け抜けてきたものへ送る共感と、挑戦に対する賞賛に近いものがある。
 一方、ピッチから去るのを惜しむように、「走り」のメニューで先頭切る4年生の姿がある。その顔は誇らしげで楽しそうで・・。汗がよく光る。
 振り返ってみれば実力派の2、3年生に支えられ、走り続けた2008年だったのではないだろうか。早くも来季が楽しみでしょうがない。そんなチームの1員であることに誇りを感じる。
 学年の枠を超え、尊敬し合う気持ちが芽生えたとき、専修大学サッカー部の努力が実る。最後は勝利で。チームが積み上げてきた努力にも敬意を払い、貪欲さを忘れない。私も先輩の背中を追ってきた一人。結果で返す。

2008年11月14日

距離感を埋めるもの

 冬の夜の暗闇も、投光と照らす満月の下では、淡く清々しい青みを帯びる。


 先日、ACL(アジア・チャンピオンズリーグ)2008年度優勝クラブを、今年もJリーグのクラブ(ガンバ大阪)が勝ち取った。これは、昨年の浦和レッズ大応援団が魅せた、心強い応援・サポーターの声が切り開いたJクラブ初となるアジア王者のタイトルに引き続く結果。
 ところで、4年生は引退の時期がいよいよ近づき、学内では、早くもちらほらリクルートスーツを着込んだ3年生の姿が目立つように。上級生にとっては今が、自らの進路とサッカーに対して、真剣に向き合いはじめる一つの契機になっている。
 何のためにサッカーをし、サッカーを通じて何を得てきたのか。漠然とではあれ心のどこかで感じとるときがある。まだ社会貢献なんて言葉には、プレッシャーとムズ痒さを覚えてしまう。けれど、還元することや貸しを返すといった言葉だったらしっくりくる。不安は残るが、当然だろうという責任感と共に、自分にやれこと・やらなければいけないことがあるというモチベーションに繋がっていく。また、1、2年生もやがては自分たちが向き合うであろうそんな先輩たちの背中を見ている。
 

 専大サッカー部は前節明治大学戦に勝利し、インカレ出場圏内が見えてきた。同時に、来季の一部残留権を手にした。ただ、まだまだ生きていく中で、理想とするサッカーやプレーなどに距離感を覚えるときはあると思う。しかし、それは今という現実を捉えているからこそ感じられるもの。無理に近づこうとして空回りしてしまうことも多々ある。時には距離感をおき、一人になり客観性を取り戻したいときもある。どちらも大切なことだと思う。何もしないのではなく、責任もって試みること。これができれば、距離感を楽しめるようになる。人とボールとの距離感が適度にあるサッカー。時には近づいたり離れたり。それでも互いの信頼関係の下、最後にはゴールを目指し勝負できるならそれは最高。
 それから、この目に見えないもの、信頼関係を支えるものに、ファンやサポーターの存在は欠かせない。調子がいい時も、悪いときも見守ってくれる存在。そんな存在の声援や反応が、選手にとっては自分たちの試み、距離感がどうなっているのか知るために大切な指針になっている。信じ合う力に変わる。サポーターのいないサッカーは寂しい。
 年の瀬が近づくにつれ、今年の漢字1文字が頭に浮かぶ。昨年は「偽」だった。不景気と政策不信に喘ぐ今年は、このままいくと「迷」だろうか。できるなら、前向きな1文字を輝かせたい。「迷」ではなく、今から挑戦の「挑」を心に一つかざしていく。

2008年11月06日

誇りと壁

 日中、束の間の小春日和。生暖かい風が、冬の訪れを忘れさせる。しかし、明日からは一転、また気温が下がり、一段と寒さは増すらしい。


 チャンピオンズリーグが盛り上がり、各種カップ戦が終了する中、サッカーに限らず、各スポーツは終わりを惜しんで最後の盛り上がりを見せている。2008F1チャンピオン(ルイス・ハミルトン)が決まり、プロ野球界では優勝者を決めるクライマックス・シーズンが行われている。終わりを迎える競技あれば、始まる競技もある。先日、氷上の格闘技と称されるフィギアスケートが開幕。スポーツが与えてくれる感動は、季節を問わない。
 関東大学サッカーリーグ戦は第19節を終え、残すところあと3節。関東選抜候補には専修大学トップチームからも2名を輩出した。トップチームに限らず、Jr.リーグを始め各種リーグ戦を通じて、専修大学生としての誇りを感じる機会の増えた選手も多い。
 ところで、話かわって最近感じること。小さなことかもしれないけれど、朝する挨拶について。学年を重ねるにつれ、後輩と挨拶する時、こちらから先に声を掛けてもいいものかどうか迷うようになる。自然に挨拶交わせればベストなのだろうが、一瞬のちぐはぐに違和感を覚える。通例として、後輩から挨拶するものだという先入観があるからか、へんなプライドが壁を造り邪魔をしている。
 もちろん、この壁を感じなくさせる時もある。例年開催されている、キッズリーグの運営補助などに携わる時だ。普段、チームや近い学年ごとにまとまりがちなものだが、この時ばかりは違う。共通の目的を前にして、目に見える形で作業し、同じ一つの空間を創り上げていく。確かに、同学年・チームとの絆も大事だ。けれど絆一つだけではまだ弱い。またこの時、公共の場とあってか砕けすぎず、固すぎずといった程よい緊張感が壁の存在を和らげてくれていた。作業をただやらされていると捉えてしまうなら成果は出ない。むしろ、やらないほうがましだ。しかし、キッズリーグに限らず、意識的に携わる作業なら、壁を越える可能性を秘めている。互いの歩み寄りが、絆とプレーの幅を広げる。


 ちぐはぐなサッカーは見ていてもどかしい。一方、高速パスやポジション・チェンジは見ていて魅力的だし感動する。何気なく交わされる挨拶一つにもそのヒントはある気がする。更なる感動のためには、今の学年・ポジション・小さなプライドにこだわる必要は無い。まだまだ、今の専大はポジション・チェンジとその対応が遅いし、もっと速いパスが繋げる。これは2008専大サッカー部最後の課題・伸びしろかもしれない。
 「社会知性の開発をめざす」専修大学のキャッチコピーには、入学当初から疑問をもっていた。ただ、今は前より少しは専大の色と可能性が見えている。「開発」は既存の権力や、構造の解体を前提とする。固定観念に捕らわれない取り組みが専大の持ち味だし、社会から期待されている可能性だと思う。私は、サッカーと哲学を通じて、この大学で学ぶ意義を感じているし楽しんでいる。
 いたずらに壁を越えることは危険だけれども、何のために壁を越えていくのか。意識的にではあれ始められたなら世界が変わる気がする。もちろん、何でも始めは楽じゃない、厳しいもの。