2008年11月14日

距離感を埋めるもの

 冬の夜の暗闇も、投光と照らす満月の下では、淡く清々しい青みを帯びる。


 先日、ACL(アジア・チャンピオンズリーグ)2008年度優勝クラブを、今年もJリーグのクラブ(ガンバ大阪)が勝ち取った。これは、昨年の浦和レッズ大応援団が魅せた、心強い応援・サポーターの声が切り開いたJクラブ初となるアジア王者のタイトルに引き続く結果。
 ところで、4年生は引退の時期がいよいよ近づき、学内では、早くもちらほらリクルートスーツを着込んだ3年生の姿が目立つように。上級生にとっては今が、自らの進路とサッカーに対して、真剣に向き合いはじめる一つの契機になっている。
 何のためにサッカーをし、サッカーを通じて何を得てきたのか。漠然とではあれ心のどこかで感じとるときがある。まだ社会貢献なんて言葉には、プレッシャーとムズ痒さを覚えてしまう。けれど、還元することや貸しを返すといった言葉だったらしっくりくる。不安は残るが、当然だろうという責任感と共に、自分にやれこと・やらなければいけないことがあるというモチベーションに繋がっていく。また、1、2年生もやがては自分たちが向き合うであろうそんな先輩たちの背中を見ている。
 

 専大サッカー部は前節明治大学戦に勝利し、インカレ出場圏内が見えてきた。同時に、来季の一部残留権を手にした。ただ、まだまだ生きていく中で、理想とするサッカーやプレーなどに距離感を覚えるときはあると思う。しかし、それは今という現実を捉えているからこそ感じられるもの。無理に近づこうとして空回りしてしまうことも多々ある。時には距離感をおき、一人になり客観性を取り戻したいときもある。どちらも大切なことだと思う。何もしないのではなく、責任もって試みること。これができれば、距離感を楽しめるようになる。人とボールとの距離感が適度にあるサッカー。時には近づいたり離れたり。それでも互いの信頼関係の下、最後にはゴールを目指し勝負できるならそれは最高。
 それから、この目に見えないもの、信頼関係を支えるものに、ファンやサポーターの存在は欠かせない。調子がいい時も、悪いときも見守ってくれる存在。そんな存在の声援や反応が、選手にとっては自分たちの試み、距離感がどうなっているのか知るために大切な指針になっている。信じ合う力に変わる。サポーターのいないサッカーは寂しい。
 年の瀬が近づくにつれ、今年の漢字1文字が頭に浮かぶ。昨年は「偽」だった。不景気と政策不信に喘ぐ今年は、このままいくと「迷」だろうか。できるなら、前向きな1文字を輝かせたい。「迷」ではなく、今から挑戦の「挑」を心に一つかざしていく。

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