2008年11月20日

時には想い出す強さ

 寒波が訪れ、風に運ばれる木の葉を踏む。花を咲かせて、緑に変わり今は茶色いその葉が、次なる命の肥やしになる。


 最近は、学内で卒業論文の作成に奔走する学生の姿を見かける。今年の終わりを意識し始める。紙面ではインフルエンザに対する過敏なまでの対応が報道されている。何でも今年は、「一人感染で学内閉鎖」らしい。日本人の流行に対する弱さを露呈した記事だともとれる。
 サッカーをしていても感じることで、流れを変えるプレイヤー、決定付ける選手というのはなかなかいない。出てこないし、育てるのも難しい。実際そういったプレーや振る舞い・声を出すことには勇気がいる。積極的な姿勢を評価し合える環境・サポーターの存在がいれば話は別なのだが。
 もちろん、周りに強調できることも最低限必要な条件だと思う。一つのゴールや目的を目指すことは、大きな連動力に変わる。逆に、和を乱すことは連動性を、一瞬損なわせる。ただ、今の時期連動性だけでは勝利に繋がらない。もちろん内容にも還元されない。
 ところで専大サッカー部では、例年、(特に春先)学年の枠に囚われない選手起用がなされている。実力面も反映されての結果だが、既存の枠に囚われない発想・起用法は選手のハートにも浸透しているはずだ。もちろん便宜上学年としての上下関係はあるが、一旦ピッチの中に立てば、それだけでは戦えないことに気付く。
 時には想い出すことが必要。年度当初の葛藤とチームの悩みを。確かに、大崩れしなかったのは今年の専大のいい特徴だ。DF面の向上によるところが大きい。只、各リーグ戦が最終節を迎える今、+αが求められている。実は打開する力・決定力は誰でも大なり小なり持っている。この先に転機はある。只、それを信じて時には鼓舞する仲間、そして自分を盲目ではなく等身大に信じ続けること。これが出来たとき、サッカーが新たな感動を呼ぶ気がする。一律起動のサッカーに、専大は何かを変える+αをもっている。サイド攻撃、高速パス。玉際の気持ち。もっともっと自信もって魅せていきたい。


 最近、心なしかピッチで躍動する1年生選手に向けられる同学年(応援席の1年生)含めた選手たちの眼差しに、厳しくも尊敬と、期待の念が込められて来た気がする。春先に送っていた羨望の眼差しとは一味違った目の輝きをそこに感じる。それは、1年を通してピッチを駆け抜けてきたものへ送る共感と、挑戦に対する賞賛に近いものがある。
 一方、ピッチから去るのを惜しむように、「走り」のメニューで先頭切る4年生の姿がある。その顔は誇らしげで楽しそうで・・。汗がよく光る。
 振り返ってみれば実力派の2、3年生に支えられ、走り続けた2008年だったのではないだろうか。早くも来季が楽しみでしょうがない。そんなチームの1員であることに誇りを感じる。
 学年の枠を超え、尊敬し合う気持ちが芽生えたとき、専修大学サッカー部の努力が実る。最後は勝利で。チームが積み上げてきた努力にも敬意を払い、貪欲さを忘れない。私も先輩の背中を追ってきた一人。結果で返す。

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