今回のブログを担当します。2年の濵村翼です。よろしくお願いします。
サッカー選手として最も恐れるべきことは失敗に怯えて挑戦しなくなることだと私は思う。
もちろん誰でも失敗は怖い。
失敗すれば、こんなこともできないのかと落ち込むし、イライラする。
チームメイトからはそんなこともできないのかと呆れられるかもしれない。
自分の下手くそさにはがっかりするだろう。
けれども、悲観的になる必要は全くない。
それは、成長するうえで通るべき過程である。
今できなくても、1週間後、1か月後、1年後にできるようになれば良い。
どれだけ時間がかかったとしても今日の自分が少しでも成長できていれば良い。
挑戦した結果、失敗したのであれば、自分を褒めてあげるべきだ。
更に、自分の能力を過信するべきではない。
失敗を受け入れることは難しいことである。
本当はできるはずなのに、怪我明けだからなど何かと言い訳を見つけて楽な方へと進んでしまう。
そのような正当化は受け入れるべき現状からただ逃げているだけである。
失敗をするということは過去の自分の努力が足りなかった証拠である。
周りのせいでも環境のせいでもない。
自分に矢印を向けると自身の成長には何が必要なのかが見えてくる。
失敗できるということはとても幸せなことである。
チームには必ず立場というものが生まれてくる。
主観的に上手くいっているときには周りが見えなくなってくるものだ。
上手くいっているからこそ更なる高みを目指して努力するべきだし、謙虚な行動、発言を心掛けるべきである。
逆に上手くいっていないときは、必死に食らいついてやるんだという気持ちが大切である。
リスペクトの精神は大事だが、上手くいっている人たちを何が何でも振り落としてやるんだという気持ちを持つべきだ。
物事は、広い範囲で考えるべきである。
たとえ、狭い範囲の中で上手くいっていたとしても自分より能力のある人たちはたくさんいる。
だからこそ、もっと努力をしなければならないし基準は高く持たなければならない。
追求するべき事は結果ではなく成長である。
私は、もっとサッカーが上手くなりたい。
そのためには継続して練習に励むことが大切である。
長く怪我人をしていると周りの人たちがどんどん上手くなっていって焦りが生まれる。
私は、気持ちばかりが飛び出てしまって自分の現状を客観視できていないと思う。
怪我がチャンスを奪うことはない。
1年半もチームに合流できていない怪我人をやっている私は、努力が足りていないし、取り組みが甘いということだ。
もう一度自分を見つめ直さなければならない。
早く治してピッチに戻ります。
最後まで読んでいただきありがとうございました。これからも専修大学体育会サッカー部の応援をよろしくお願いします。


