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2025.11.29
松本皐誠
4年間

本日ブログを担当する松本皐誠です。

ついに引退ブログを書く日がやって来ました。
専修大学での4年間を振り返り、思ったことを書こうと思います。

専修大学での4年間は、今までの人生の中で最も悩み、苦しみ、大変な4年間でした。

高校ではユースからトップに昇格できず、大学サッカーではプロになることだけを考えて専修大学に入学した。

専修大学での4年間はとにかくキツかった。

関東リーグというレベルの高い環境を求めて専修大学に来たのに、蓋を開けてみれば関東リーグから降格し、神奈川県リーグにいた。

自分の大学サッカーは県リーグからのスタートとなりました。

リーグのレベルがとても低く、
「なんでこんなリーグでプレーしているんだろう」と何度も思った。
リーグは優勝したものの、昇格のプレーオフでは勝てず、次の年からできた関東三部リーグで戦うことになった。

2年目は、自分にとって大きな転機の一年になった。

シーズン途中から、それまでほとんど経験のなかった右ウィングを任されるようになった。
中学からずっとフォワードとして勝負してきた自分にとって、「フォワードでは使えない」という監督の言葉は正直かなり悔しかった。

葛藤もあったけれど、受け入れ、自分のプレーの幅を広げるチャンスだと捉えて前に進むことにした。
チームは2部昇格プレーオフで順天堂大学に引き分け、来年も3部リーグで戦うことになった。

3年目。プロになるためにとても重要な年。

リーグ戦開幕の1週間前の練習でハムストリングの肉離れを起こし、復帰した頃にはリーグ戦の半分ほどが終わっていた。

それでもリーグ後期からはほとんどの試合でスタメンで出場することが出来た。
結果は残せなかったが、右ウイングとして少し自信をつけることが出来た。
チームは昨年と同じく昇格プレーオフを戦うことになった。
自分はスタメンで使ってもらえたが、何も出来ず前半で交代した。
本当に悔しかったし、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
この年も昇格戦に勝てず、最終学年も3部リーグで戦うことが決まった。

そして迎えた4年目。

この年が今までのサッカー人生でいちばん辛く、苦しい1年だった。
大学サッカー最後の1年。
自分のサッカー人生を決める重要な1年。

この年もリーグ戦が始まる前に怪我をし、リーグ戦の半分を無駄にすることとなった。

自分が怪我をしている間に活躍するチームメイトや、プロの練習参加に行っている選手を見て、とても焦る自分がいた。

復帰してからも足が気になったり、メンタル面が整わなかったりと、プレーの波が激しくなっていた。

後期リーグが始まる前に、清太郎がガイナーレ鳥取に内定し、特別指定選手になることが決まった。
清太郎とはサッカーの話も将来の話もたくさんしてきたので、本当に嬉しかった。
その反面、自分より先にプロになり悔しい気持ちもあった。

そこから「自分も絶対にプロになる」という気持ちがより強くなり、プレーが良くなり始めた。
リーグでもスタメンで出場し、結果も残せるようになってきた。

そんな時にザスパ群馬から練習参加の機会をいただき、オファーをもらうことができた。
ザスパ群馬という素晴らしいクラブでプロになれることが決まった。
自分を見つけ、評価し、オファーを出してくれたザスパ群馬には本当に感謝しかない。
J2昇格のために全身全霊でプレーし、結果で恩返しします。

内定リリースが出た2週間後、2部昇格プレーオフがあった。

2年連続で試合に出場させてもらいながらも昇格させることが出来なかったプレーオフ。
「絶対に自分のゴールでチームを勝たせ、昇格を決めたい」と強く思っていた。

試合当日、自分はベンチスタート。
前半にチームは先制し、自分は後半から出場したが、特に何もできずチームは勝利した。
2部昇格が決まった。

チームが2部昇格を決めたのは嬉しかった。
だけど何も出来なかった自分が本当に情けなくて、悔しかった。
複雑な気持ちではあったが、最後の試合をチームみんなで笑顔で終えられたのは良かった。

 

大学4年間を振り返ると、本当にきつかったことばかり思い出す。

楽しくて大好きだったサッカーが嫌になることもあった。
走りや練習が嫌で起きたくない朝も何度もあった。
チームは勝てないし、自分のプレーも上手くいかず、悩むことが多かった。

それでも、自分は“プロサッカー選手になる”という目標が揺らいだことはなかったし、
「絶対になれる」と自分を信じて努力し続けることが出来た。

この4年間でたくさんの壁にぶつかりながらも、多くの人に支えられながら、自分の力で一つずつ乗り越え、プロサッカー選手という目標を達成することができた。

チームメイト、指導者、他にも多くの人のおかげで、とても濃い4年間を過ごせた。

専修大学でもう一度4年間過ごしたいかと言われたら絶対に嫌だが、専修大学を選んだことには後悔はない。

 

来年からはザスパ群馬でプロとしてプレーする。

プロサッカー選手はサッカーで生きていく職業。

結果を残せなければ首を切られ職を失い、生活が出来なくなる。
今までやってきたサッカーよりも何倍も厳しく、大変なことが増えると思う。
それでも自分は、大好きなサッカーを仕事として続けていくことができる。
こんなに幸せなことはないと思う。
どんなに厳しいことがあっても乗り越えて、活躍しまくりたい。
そして、今までお世話になった人たちへプレーや結果で恩返しをしていきたいと思う。

 

最後に家族へ。
どんな時でも一番近くで支えてくれたのは両親でした。
自分がサッカーを始めてから、ずっと松本家はサッカー中心の生活になっていたと思います。
それでも自分をここまで育ててくれてありがとう。これからもずっと一番のサポーターでいてください。

オトンはサッカーをやっていたわけじゃないのに、一緒にボールを蹴ってくれたり、色んなアドバイスをくれたり、プレーを褒めてくれたりしました。
アドバイスは的確なものから、「毎試合3点取ればプロになれる」という極端なものまで色々ありました。
これからも色んなアドバイスをください。

オカンは辛い時、きつい時、悩んでいる時、大変な時期を支えてくれました。
大学に入ってからは弱音を吐くこともあったけど、オカンと話すだけで気持ちがだいぶ楽になり、頑張ろうと思えました。
ずっとありがとう。

ゆうしんは自分より絶対サッカーが上手いから、もっとやる気出して頑張れ。
これからも一緒にサッカー頑張っていこう。

拙い文章ですが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

松本皐誠

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