専修大学体育会サッカー部主将
河野修和です。
日頃より専修大学体育会サッカー部への熱いご支援・ご声援をいただき、誠にありがとうございます。
引退ブログの締めを担当させていただきます。
最後の4年生の飲み会で泣いて、みんなの引退ブログを読んで泣いて、このブログを書きながらも泣いて、人前で泣くことはそんなにないと思っていたけど、涙が止まりませんでした。それほど、この4年間が自分にとって、辛くて、楽しくて最高の時間でした。
その自分自身の素直な気持ちを文章にしてみました。最後まで読んでいただけると幸いです。
————————————————-
入学直後に、腰椎分離症を発症し、半年以上を棒に振ったこと、
捻挫を何度も何度も何度も何度も経験して、足首がグラグラになったこと、
膝の怪我やシンスプリント、グロインペインなど多くの怪我をしたこと、
3年連続大事な試合で負けたこと、
今まで経験したことがないハードな練習をしてきたこと、
この大学4年間ではここには書ききれないほど、多くのことを経験してきた。
しかし、今シーズンは、今までのシーズンより遥かにキツく、辛く、悩んで、苦しんだシーズンだった。
「今シーズンの主将は修和に任せる」
練習試合アウェイの東京国際大学戦で言われた。今でも鮮明に覚えている。
正直、え俺でいいの?俺がやるの?って思っていたし、今までずっと主将を支えるだけだった自分にとって不安でしかなくて、専修大学体育会サッカー部という、歴史ある大学で偉大なる選手が巻いてきた腕章を自分が巻ける自信もなかった。だけど、こんな思いをみんなに知られないように、胸張って言った。
「自分たちの価値を自分たちで証明するために、3部優勝して2部に昇格する」
自分が専修大学に入学してから、ずっと大事な試合で負け続けてきて、その度に、専修大学どうした、昔は強かったのに、って言われた。
でも、この現実を受け止めるしかなくて、それが本当に悔しかった。
だから、なんとしてでも結果を残してやりたかった。
しかし、勝負の世界はそんなに甘い世界ではないことを痛感した。
シーズン初の公式戦は大敗し、
リーグ戦前期は、1敗だったものの思うように勝利は重ねられなかった。
アミノも東洋大学に敗れ、全国大会への切符を掴めなかった。1部で戦っているチームの勝負強さと逆に3部の甘さを感じさせられた。
全国に行けなくなった夏は、とにかく試合を組み、ハードな練習をする日々だった。
とにかくキツくて、辛い夏だったけど何とかみんなで乗り越えて、後期リーグを迎え、結果的に4位で入れ替え戦に進むことが決まった。
入れ替え戦が決まって、絶対に勝たなければいけない試合に向けて、チームで1週間良い準備をしていこうという矢先だった。
寒気がして夜中に目が覚めると、40℃の熱。人生で初めてだった。何度も起きて、何度も体温を測って、起きる度に夢であってくれって願った。だけど、結果は変わらない。無理していこうとも思ったけど、この状態でチームに何をもたらせるのか。自分のやりたいという気持ちとチームが勝つことを天秤にかけた時に、休まざるを得なかった。結局インフルエンザだった。本当に悔しくて、自分が嫌になって、ここまで一緒に頑張ってきた仲間に申し訳なくなった。
みんなを信じることしかできなかった。
でも、今年1年間このハードな練習を乗り越え、練習から勝ちにこだわってきたから、絶対に大丈夫だって思ってた。やってくれるって。
専修大学vs國學院大学
1-0 得点者 志村ぼん
終了のホイッスルが鳴った。2部昇格。
自分は、最後ピッチに立つことも会場に行くこともできなかったけど、「7」のユニフォームを掲げてくれたこと、「7」のユニフォームを着て応援してくれたこと本当に嬉しかった。
みんなが勝って2部昇格を果たしてくれたおかげで、不甲斐ない自分をほんの少しだけ許すことができた。
でも1番は、小・中・高・大とずっと一緒にプレーしてきたボンが点をとってくれたこと、ボンのゴールで勝ったことが何よりも嬉しかった。今シーズンは、怪我とか中盤起用とかでキツくて、大変だったと思うけど、腐らずやり続けた結果だと思う。
これからはボンを筆頭に、甲府魂全開で甲府の力見せてやれ。期待してるよ。
「昇格」
4年間、この2文字が近いようで遠かった。
3部リーグを優勝することはできなかったけど、この代で掴んだ2文字。
今シーズン、何よりキツかったのは、ハードな練習をして結果が出ないことであり、上手くいかず、みんなの顔には不安が滲み出てて、痛みを抱えながらやる者もいた。
チームを変えなければいけないと思ったけど、どう変えれば良いのか分からず、すごく悩んだ。寮生活じゃなかったから、1人で悩む時間が長くて苦しかった。
結局、自分が出した答えは、ただただ先頭に立って頑張ることだった。それしかできなかった。
だから、みんなには相当辛いことや大変な思いをさせてしまったと思う。本当に申し訳ない。
何を変えられたのか、何をもたらすことができたのか分からないけど、こんな自分についてきてくれて本当にありがとう。
歴代の主将はどうか分からないけど、今年1年間、主将をやってきて、責任とか重圧は半端じゃなかった。でも、もがき苦しんだこの経験も自分を成長させてくれたと思う。自分を信じて、主将を任せてくれたアズくん、ハルさん、ツブさん、ゲンキさん、タクさん、本当にありがとうございました。
自分自身この大学4年間は、順風満帆ではなく、何度も何度も怪我に悩まされて、本気で夢を諦めようと思った。
でも、
いつでもご飯食べにおいでって言ってくれる親戚がいて、
こっそり試合を見にきて、幼い頃からずっと応援してくれてる叔父がいて、
何度も遊びの誘いを断ってもずっと誘い続けてくれて、応援してくれる友達がいて、
何があっても常に応援してくれる家族や親戚がいた。
多くの人に支えられて、多くの人に応援されてきた俺は本当に幸せ者である。
この人たちの分まで夢を追いかけ続けたいと思った。
諦めるのはいつでも選べる道だと思うから、
自分の力を信じて、
この道を選んだことを正解にするまで、
俺はここまできたぞって胸張って言える日まで頑張ってみようと思う。
まだまだやれる。俺ならできる。
ここからは、感謝の気持ちを綴っていこうと思います。
まずは、これまで関わってくれた多く指導者の方々、トレーナーの方々、サッカー仲間本当にありがとうございました。サッカーの技術はもちろん、人間性の部分で多くのことを学ぶことができました。今の自分があるのは皆様の指導や切磋琢磨してきた仲間のおかげです。辛かったことも楽しかったことも、全て私の財産です。普通の人では、見れない景色、できないような経験をさせていただきありがとうございました。
後輩へ
2部昇格を果たせたことは、間違いなく、みんなの力が大きかった。だけど、これがゴールではなくて、ここがスタートラインだと思うから、常に上を目指して頑張って欲しい。
当たり前だけど、上を目指せば目指すほど、立ちはだかる壁は大きなものとなって、うまくいかないことやキツイことも多くなると思うけど、カンバとボンを中心にチーム全員で乗り越えて欲しい。頼もしい後輩たちばかりだから、心配はしていないけど、何があっても自分に矢印を向けて、やり続けてほしい。努力は必ず報われるわけではないけど、その経験が自分自身を大きく成長させてくれると思う。みんなには期待しています。
ゲンキは、来季選手会会長として、色々大変なこともあると思うけど、頑張ってほしい。私生活でも、長い時間を共にした後輩の1人で、かなり舐めてたけど、グランドハイツの先輩として応援してる。また、おっちゃんに釣り連れて行ってもらお。
同期へ
Cチームの時は、コーチがいなくて、みんなでそれぞれトレーニングを出し合って、意味が分からないトレーニングをしたことも、怒られたことも、昔のIリーグの写真を見ると、今はほとんどの人がいないけど、たくさんの楽しい時間を過ごせることができた。ありがとう。
ギリ・ミナギ・ヒロ・ナカジ・ダイキチ・キノシタ・ユキヤ・ユウダイ・ヤギウ・ヨシノ。
今年のIリーグ2位という成績は間違いなくみんなの力で、みんなが出て活躍してるのが見れて嬉しかったし、楽しかった。もっとみんなとサッカーしたかったな。みんなが頑張る姿を見て、すごく刺激を受けたよ。ありがとう。
ヒロは、多分引退ブログとかあんま読まないんだろうな。とか言うと、読むしって怒られるかもしれないけど、俺は、ヒロの考えとか、予想外の行動とか練習後に家で何時間も話すのが好きだったよ。また、語り合お。ありがとう。
ギリは、一般組がかなり辞めて、3年の途中からかなり一緒にいたと思う。試合見て、鍋して、狛江湯行って、試合前日は夜散歩行って、イタイとこはあるけど、怪我で苦しい時も、チームのために動いてくれて本当にありがとう。最高にいい奴でした。
カキとサフィは、怪我で苦しい時間を過ごしてきたと思うけど、俺も怪我の辛さは分かるから、Iリーグでも結果を残して、最後、Aチームに上がって、プレーオフまで出てる姿を見れて本当に嬉しかったよ。一緒に最後までやってくれてありがとう。
コウセイ、プロ内定おめでとう。サッカーと真剣に向き合って、結果に貪欲で、お金にも貪欲で。アミノの筑波戦もうちょい出たかったよね。プロの舞台で活躍すること期待してるよ。ありがとう。
清太郎は、練習が終わって家に来て、授業の合間に家に来て、間違いなく、1番長く一緒にいたと思う。そんな清太郎がプロ内定を決めた時、すごく嬉しかった。たくさんサッカーの話してきたから、悔しさはあったけど、マジで頑張ってほしい。応援してるよ。ありがとう。
伊澤さんは、FWからDFにコンバートして、気持ちの整理とか難しかったと思うけど、それを表に出さず、直向きにサッカーと向き合う姿は見てて、刺激を受けた。一緒にペアを組んでもサボらないし、弱音も吐かないカッコいい漢だったよ。ありがとう。
仲本は、桃鉄したり、学校のジムで一緒に鍛えたり、寮生の中では1番長い時間を過ごしたと思う。最後の年は、痛みと戦うことが多かったと思うけど、すごく頼りになるFWだったよ。ありがとう。
大翔とは、ジュニアの頃からよく対戦していて知っていたから、大学で同じチームになれたこと本当に奇跡だと感じる。今年は辛いことの方が多かったと思うけど、大翔が副キャプテンで頼もしかった。ありがとう。
個性的な人たちの集まりで、楽しくて、面白くて、自主練も練習後の数時間の駄弁りも、全てが自分にとってかけがえのない時間だった。
でも、ピッチの上では、絶対負けたくなかったから、俺は誰よりも努力しなきゃって思えたし、みんなの存在があったからこそ自分をここまで追い込むことができたと思ってる。
これから、プロの舞台でサッカーを続ける者、社会人として第二の人生を歩む者、それぞれの道に進むけど、この専修大学4年間を乗り越えたみんななら、どんな壁にぶつかっても乗り越えることができると信じてる。
みんなのおかげで充実した4年間を過ごせたこと感謝してる。本当にありがとう。
今年1年間こんな自分についてきてくれて、頼ってくれて、ありがとう。
最後に家族への感謝の気持ちを綴ろうと思います。
佑紀
この4年間、たくさん怪我してきたけど、その度に診てくれて、治してくれてありがとう。本当に怪我が多かったから、もう無理なのかなって思って夢を諦めようとしてたけど、会うたびにかけてくれる一言一言や自分の体に真剣に向き合ってくれたことがもう一回夢を追いかけようと思えた。ありがとう。
稜大
幼い頃からずっと背中を追いかけてきて、ずっと越さないといけない、超えたい存在だった。サッカーに対しても、勉強に対しても真剣に取り組んでいた姿を見ていたから、俺もそれ以上にやらないといけないと思えたし、自分に厳しくなれたと思う。ありがとう。
暖
幼い頃からずっと俺の試合がある度に連れてこられてたのに、俺はあまり暖の試合を見に行った覚えがなくて、今年、最後の選手権を見に行ったら頑張っている姿が見れてすごく刺激をもらえた。大学は、良い意味でも悪い意味でも自由度が高くて、逃げ道が多いから、自分が何になりたいのか、何をしなければいけないのかを常に考えて、後悔しない大学生活にしてほしい。応援してる。
両親
ここまで何不自由なく、好きなことをやらせてくれてありがとう。感謝してもしきれないです。
俺は、この大学で1番努力してきたって胸張って言えるけど、やっぱり現実は甘くなくて、良い報告ができなかったこと申し訳なく思います。努力したってその努力があってるわけでもないし、必ず報われるわけでもないって分かってるけど、本当悔しいです。数多くの経験ができたのも、ここまで頑張ることができたのも間違えなく父と母のおかげです。男4人を抱えながら、頑張る2人を見てきたから、中途半端なことはできないと思えたし、2人のために頑張りたいと思えました。
本当にありがとうございました。
これからもまだまだ迷惑をかけると思いますが、よろしくお願いします。
これまで後悔しないように、自分に厳しくやってきたけど、今振り返るとやっぱ後悔してることが多いなって感じる。
でも、
ここまで真剣に向き合えたから、
ここまで自分に厳しく頑張ってこれたから、
嫌な感じの後悔ではなく、次のステージで自分を成長させてくれる糧になっている。
夢が与えてくれた出会いや様々な経験、
全てに感謝します。
ありがとう。サッカー。
————————————————–
引退ブログで次の人を紹介する流れができていたけど、引退ブログは自分が最後だから、
自分は、頼もしい後輩たちを紹介します。
彼らは、上手くて、勝負強くて泥臭い奴らが多いです。彼らが5年ぶりの2部で大いに暴れてくれるでしょう。これからの専修大学を彼らに託します。
これまで以上の熱いご支援・ご声援をよろしくお願いいたします。
ありがとう。専修大学。
2025年度専修大学体育会サッカー部主将
河野修和


