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2018.10.25
加藤智陽
第13弾。(最終回)

こんばんは!4年の加藤智陽です。

これまで12弾に渡って作成してきた本ブログも今回(第13弾)が最後です。はじめは、4年間で何回ブログを作成できるのかと思い”第〇弾”と記してきましたが、私自身毎回楽しみにしていたことも事実です。実際に4年間で13回のブログを作成させていただきました。今回が最後ということもあり、少々長いブログになってはしまいますが、最後まで目を通して頂けると嬉しく思います。書きたいことが多すぎて、まとまらない文章になってしまっていますが、大目に見てください。では、、、

私のカテゴリーであるB1は、昨日明治大学に敗れ目標であった全国大会に進むことはできなかった。4年生が多く所属する本チームは、次の試合が事実上大学サッカーにおける引退試合になる。また、その試合が多くの選手の現役最後の試合である。私自身も、5歳から始めたサッカーという1スポーツに、終止符を打つことになるであろう。正直、これからの生活にサッカーがないこと、朝練がないことが今でも想像ができない。今までを思い返しても5歳から22歳になった現在までサッカーを辞めようだとか、嫌いになることは一度もなかった。何も考えずにただボールを追いかけていた自分が次第に目標を持ち、憧れを抱き、夢を語り、仲間を持つなんて5歳の時は想像もつかなかった。

「プロサッカー選手になる」これは私が小学生の頃に初めて抱き、長年抱いてきた夢である。今思うとこのブレない軸があったからこそここまでプレーしてこれたのだと思う。

 

私は、専修大学へ一般入試で入学した。入学当初の受験期を乗り越えた私は高校サッカーの現役時に比べ、体重は増え、体力は落ち、それに進学とともに始めた一人暮らしにより、コンディションを元に戻すことで精いっぱいだったことを思い出します。初日から筋肉痛になり、情けなさと悔しさで生田緑地を爆走していたことも今は懐かしく思います。まずは、同じスタートラインに立つこと、そこから早くから活躍することだけを考えていました。そんな中巡ってきたチャンス。自分を信じて起用してくれた思いを私は掴む事ができなかった。私自身、4年間で忘れられない試合が1試合だけあります。それは、2015年8月10日の総理大臣 VS福岡大学との試合である。大袈裟かもしれないが、この試合が大学サッカーを左右したとも考えています。前半からミスを連発し、自分がウィークポイントとなり、攻め込まれていることも理解していた。だからこそ、後半は必ずやってやる!と意気込んでいたものの、当然ハーフタイムでの交代となり、思いをぶつけられぬまま終わってしまったこと、自分のせいで負けたことをすごく申し訳なく思っていた。この試合があったからこそもう一度リベンジしてやるという思いで過ごしてきた。

 

「プロサッカー選手になる」この夢はカテゴリーが上がるにつれ、何層もの霧がかかりぼんやりとしてしまったこと。それを拭い去ることができなかったのは紛れもなく自分の責任である。理由も多くあるだろう。けれど、私のサッカー人生は幸せが多くあったと感じる。それは、サッカーを通して多くの人と出会い、多くを学び、たくさんの人に支えられてきたと実感しているからである。

私がこれまでサッカーを好きでこれたのは、それぞれのカテゴリーにおいて恩師と呼べる人々に出会えたことも要因である。江南南でご指導を受けた松本監督、飯塚コーチ。浦和の下部組織でご指導頂いた、伸さん、隆さん。西武台でご指導頂いた、守屋監督。ありがとうございました。

これまで1人で結果を出し、誰ともその喜びを共有せずに生きがいを感じた人はいるのだろうか?いないだろう。仲間がいたからこそ、自分と同じように喜び、悲しみ、苦しみを実感できたのだと感じている。それがチームスポーツの魅力であり、私自身もサッカーを通じて多くの仲間に出会うことができた。特に今年に限っては、4年生主体のB1というチームで過ごした。面倒くさいといいつつ、やるときはやるチーム。ONとOFFの切り替えはもしかしたら全国一だったかもしれない。個性豊かで、翔太(日下)はまとめるのが本当に大変だったと思う。それでも投げ出さずに最後まで一つのチームとしてまとめてくれた。試合に勝つ度に一体感が増していたこともすごく感じていた。後輩もこれ以上ないくらい必死に戦ってくれた。毎日が本当に楽しかった。だからこそ、正直まだみんなで試合したかった。けど、明治強かったぁ。だけど昨日のゴールは、決めるべき人が決めてくれたと思う。最後の年にこのチームでプレーできたこと幸せに思います。翔太を始め、本当にありがとう。

 

「智陽の夢は、俺らの夢でもある」これは父親がある日言った言葉です。親父は、昔から仕事が忙しくなかなか試合に来れない日も多かったけれど、自分の時間を削ってまで働いてくれていたからこそ、100%で打ち込める環境を整えてくれたことにすごく感謝しています。くさい男同士なのでここでは多くは語りませんが本当に感謝しています。これまでのサッカー人生の中で1番近くで支えてくれた、1番のサポーターは紛れもなく母親です。小さい頃からの練習場や駅への送り迎え、朝が早くても欠かすことのない弁当、どんなに帰りが遅くなっても常に暖かい食事で出迎えてくれるなど、常に近くで支えてくれました。唯一心残りなことを挙げるとすれば、こんなにも一緒に戦ってくれた1番のサポーターに結果で答えることが出来なかったことなのかもしれません。言葉では言い表せないほど感謝しています。本当にありがとう!!!

今までサッカーを通して携わってきた方々、自分を応援してくれていた方々、先輩、後輩、そして最高の仲間。一人ひとりがサッカーが出逢わせてくれた、財産です。

 

書きたいことは他にも山々ですが、まだ引退はしていないので、落ち着いたらまた一人ひとりに直接伝えさせてください。

今回は感情が入りすぎて、話が色んな方向にいってしまい最初伝えたようにまとまらないブログになってしまいましたが、最後にこれだけは言わせてください。

今でもサッカーが大好きです。

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