振り返るとあっという間だった。いや、振り返ると色々あった。
そんな大学生活が終わろうとしている。
最後のブログ。なにを書こうか正直迷った。
これから2つのことについて書いていく。ぜひ最後まで読んでいただきたい。
「人生は全て仮説だ」
ある日、こんな言葉を偶然見つけた。
最初はどのようなことなのか理解できなかった。
でもいまならこの意味がわかる気がする。
考えているだけでは意味がない。行動しないと答えに導くことはできない。
つまり10の思考より1の行動。
そうしないと仮設は検証できない。
こう考えたら重い足だって軽くなる気がしないだろうか。
私の好きな言葉に「Quit as much as possible」という言葉がある。
これは「できるだけたくさんやめなさい」という意味。
裏を返せば「とにかく挑戦しろ」ということだ。
18年間かけた「プロサッカー選手になる」という壮大な仮設検証は残念ながら外れた。
でも後悔はない。検証成功。むしろサッカーには色々なことを学ばせてもらった。
人生の目的は?と聞かれたらみんなきっと根幹には幸せになるためという回答になるだろう。
だとしたらサッカーを全力でできた私は幸せであり、幸せになるためという仮設においては当たっていたのかもしれない。
仮設を検証していく過程は苦しさ80:楽しさ20といったところだろうか。
でも私は極めて楽観的。だって仮設の検証ができたのだから。
仮設がずれてたのならば少しずつ修正していく。
そしてまた次の壮大な仮設をたてて行動・挑戦していくだけだ。
話は変わり、私は心理学が好きだ。
理由は人の行動はある程度心理学で説明がつく場合が多いからだ。
そんな私が好きな心理学用語を伝えたいと思う。
「シャンパンタワーの法則」というものをご存知だろうか。
これはシャンパンタワーを人生に見立てている。
一段目のグラスを自分。
二段目を家族やパートナー。
三段目を友達や身近な人。
四段目をお客様もしくは知らない人。
このように考えたときに、シャンパンを二段目から注いだら一番上のグラスである自分は満たされない。
三段目から注いだら、自分を満たせないどころか、家族やパートナーも満たせない。
言いたいことは誰かを満たしてあげたいのであればまずは自分を満たしてあげなさい。ということだ。
言い換えると、自分が満たされていれば、自然と誰かを満たしているということ。
満たされるという感情は人それぞれだが、この法則は確かに正しいと思った。
サッカーをもそうなのではないだろうか。
自分が活躍するため、自分が生き残るために必死で自主練習をする。
でも結果的にはチームのためになっていた。
そんな経験をたくさんしてきた。
もちろんチームのためにという想いの人もいるかもしれないが、心の底にあるものは自分のためだ。
イチローも引退会見で「自分のためにすることが人の喜びに変わる」といっていた。
だからこれからの人生もあくまで自分主体、自分が主人公な人生を生きていきたい。
みんなもそうであってほしい。
P.S. 先日フロンターレのサポーターが駅から試合会場まで歩いている姿を目にした。
小さいこどもからご年配の方まで。
自分の好きな選手のユニフォームを着て意気揚々とした顔で力強く歩いていた。
まるでこれから「僕たち、私たちも一緒に戦うんだ」といったように。
その時ふと思った。
「サッカーってすごいな」って。