俺は、なんのために生きているのか、なぜ仕事をするのか……
4歳の頃、公園で遊んでいる中でいつの間にかサッカーというスポーツを好きになっていた自分。
アメフトを学生時代行なっていた父親(まぁ、うまい。)とひたすらボールを蹴り続けてきた。
当時6歳ぐらいだっただろうか。リフティング100回という目標を達成するために朝から暗くなるまで、泣きじゃくりながらも絶対やってやるという気持ちで取り組んでいたのは今でも覚えている。
ただ、なぜここまでして自分は頑張れてきたのだろうか。なぜ、こんなにも自分を追い込んできたのだろうか。
それは、ただ一つ。「プロサッカー選手になる。」それだけだった。
幼稚園の頃、一度だけ味の素スタジアムまでFC東京の試合を見に行ったことがある。そこで感じたのだろう。単純にスゴイと。あの聞いたこともない大きな歓声の中、こんなにも観客が大勢いるピッチに立っている選手がかっこいいと。この初体験が、自分をサッカーという道に導いてくれたに違いない。
小学校の6年間、ただ「上手くなるしかない。」それだけ。もう学校以外は全てサッカー。
地元のFCフリッパーズというチーム(一応、東久留米では一番強いと行っておこう。)、新座片山、クーバー、マリノススクール、Jフロ、トレセンなど数多くのコミュニティの中に所属し、練習に励んだ。
時たま俺よりうまい人は沢山いて現実を突きつけられる。負けず嫌いなんだろうな。
土日の何もない時間も公園で地元のサッカー仲間とバチバチのサッカー、暗くなるまで家の庭でドリブル練習。そのサイクルをずっと続けてきた。
小学校時代サッカー以外何やってたのかと聞かれても何も浮かんでこない。もう怖い怖い。
そこから中学へと進むが、ここでサッカーというスポーツがこんなにも恐ろしいものだと感じる6年間を費やした。
中学は埼玉のフォルチFC(新座片山の中学校版?笑)、帝京高校。
ここでは小学校では言われたこともなかった「下手くそ」という言葉。もう何百回、何千回と言われた。
この6年間主に何をしてきたか。もう、ひたすら走って走って走りまくる。それだけ。
え、俺サッカーやってんのか?陸上部か?と思うくらい走った。(サッカーやってる同世代では、日本一自分が一番走ってきたと思っています。)
失点分×10本ダッシュ、本数指定されず、一周走コーチがいいって言われるまで走る。走りで練習が終わることも。
合宿もフルマラソン、PK外したら合宿所までの山奥坂道ラン。他にも沢山ありすぎるて書きたいが、割愛させて頂く。
今思うと笑っちゃうくらい。チームメイト食事に行くことがあるが、当時の様々なエピソードを話すことが多く、いい思い出だ。
もう、ここまで数多くのプロサッカー選手を輩出してきた実績があるから、とにかく目の前のことに折れることなくやってれば、いつか自分に何か恵んでくるだろうと過信していた。
結局、中学からなんとなく憧れを抱いていた高校サッカー選手権。高校2年、3年と選手権都決勝で敗れ、結果は現れず。よく帝京の先生がおっしゃっていたことは、「全国に出なければ、結局都一回戦で負けるのと変わりない。」と。確かにそうだなと。何も残せていない。ただただ悔しかった。
その敗れた久我山が全国準優勝、駒澤がベスト8と自宅で折れかけそうになった。
「なんで、結果が出ない。なんで、こんなにも頑張っているのに。」と。
だからこそ、大学では見返してやろうと思いサッカー目的でこの専修大学に入学した。
まずは試合に出ること。一般生での入部なため当初は一番下からのスタートだったが、ある試合がきっかけで一年4月の最後の方からトップチームに絡むことができた。
関東リーグにも登録され、練習試合でも時々スタメンに名を連ねることも多くあった。いつか出れるかもしれない。そう思っていた。
しかし、この約3年間登録はされながらも試合にはでれず。
原因は一番自分が分かっている。「結果に対する貪欲さ」
自分から発信する力、自分から情熱もって行動するという貪欲さが足りなかった。
先輩任せ。俺には関係ない。自分だけ良ければいい。サッカーというチームスポーツながらその中の問題を解決しようとすること。少しはあったかもしれないが、それが不十分だった。気づくのが少し遅かった。もっと早い段階から気づいていればな。と思っても仕方ない。
下級生は、学年関係なくバイタリティもって行動してほしいと思う。
けど、ここまで人間として成長させてくれたのはサッカーだ。本当に感謝している。
これまで、サッカーという一つの枠組みの中で沢山の仲間と出会ってきた。
特に専修では様々な地方から上京してきたメンバーも数多くいるため、違う考え方や、価値観を持った選手と関わることができているため本当に恵まれている。
時にはふざけ、時には真剣に。みんなゴールという同じ方向性を向いて歩んできたメンバーにはありがとうの一言でしかない。
特にこの大学生まで続けさせてくれた両親には感謝でしかない。だからこそ、その恩を返すためにも今の行動をしている。
就職活動で、
成人になりこれからの人生をどうしていくかとこの時期になると考えるのは普通だろう。
人生100年時代と言われてきている世の中、まだ5分の1たっただけであり、まだ80年間ある。
色々これまで行ってきた中で、思うことがある。
サッカーだけにとらわれ過ぎていた。今の人としての立ち位置を知った。
「俺は何のために生きているのか。なぜ仕事をするのか。」
自分の中では、
1、将来の家族の生活をよりよくするため。
2、今まで育ててくれた両親への恩返しをすること。
ここに尽きない。
そうなるとプロサッカー選手になることもあくまで仕事。従業員。あくまで手段に過ぎない。
今は大学生と名乗れることもあり、安心感につながっているのかもしれない。
しかし、社会は年齢など関係ない。競争社会=結果、資本主義その中で生きていることを自覚して日々の時間を費やしていく。
確かにサッカーはめちゃめちゃ楽しい。毎日やりたいという気持ちはある。
しかし、自分は目先のことに一喜一憂せず、より先のことを優先的に行動していきたい。
不安領域にどんどん飛び込み、そこででた新しい結果が自分の成長度合いだと感じている。
新しいことにチャレンジすることは、もちろんリスク。
だた、そこで失敗しても這い上がっていく自分でいたい。
この文をマックで2時間かけて書いているが、文章を書くのが下手でわかりにくかったらすいません。
最後は今の自分の思いであり、本心です。自分勝手ですいません。
ありがとうございました。