窪谷亮佑と同じく、大量に書いたブログを前日に一から書き直す。
いつも思いつきで行動しているから、最後のブログくらいそれでいいや、と。
これまで気にしてきた文章とか作り方とか、全く気にせず思ったことをズラズラと書き記す。
すべて本音で。
あー。この4年間ずっと苦しかったな。
大学サッカーが終わって思ったのはこの思いだった。
サッカーが大好きで、誰よりも負けず嫌いで、自分勝手で、自己中心的で、意地っ張りで、プライドもあって、人が活躍したりチヤホヤされるのが悔しくて、ジャンケンですら負けることが嫌いな俺が、
少しサッカーから離れたくなってしまった。
俺のサッカー人生ってこうなのか。
小学校で太一と柏レイソルに入り、中学校ではクラブチームで県優勝したり関東大会に出たり、高校では専松に入って素晴らしい仲間と経験を得たりした。
でも、この4年間でそんな栄光は全て消え去り、いつもポジティブな俺でさえ、前を向くことが辛くなった。
まぁそうだろう。
幼稚園から始めて20年間もサッカーしていたら、逃げたくなってサッカーをやめたくなる時ももちろんあるはず。この4年間は特にそうだった。
苦しかった。逃げたかった。
そう思う日も何度もあった。
1年目
入学して早々A2に上げてもらい、トップチームにも参加させてもらうような1年間だった。先輩に臆することなくプレーし、一番声を出していきいきとしていた。練習の準備も全部自分が1番でやってやろうといつも早く向かっていた。とにかくガムシャラだった。
2年目
A2でIリーグを戦うことになるが、前期はほぼ試合に出られず苦しんでた。けど後期になるタイミングでスタメンとして試合に出て、その後全試合に出て負けなしで終えることが出来た。土日連続で試合なんていうのもあったけど、太一と一緒にCBが出来て良かった。
そして冬に新人戦が始まり、運良く関東決勝までずっとスタメンだった。でも自分のプレーが良いなんて思ってもなかったし、ずっと怒られてた。1週間に3試合ある時もあったけど、とにかく必死にプレーしてた。
その矢先、全国大会直前で肉離れをしてしまう。怪我した瞬間を鮮明に覚えてるし、少しプレーを続けてたけどもう走れなくなって自分からピッチを出た。
結局痛すぎて普通に歩けなくなった。メンタルもボロボロだ。
3年目
この肉離れで9ヶ月間の離脱。復帰しては肉離れをするという悪循環を3度繰り返し、ようやく復帰。なぜだが特に焦りはなかったけど、9月に復帰した頃は3回繰り返してたからもう走るのが怖かった。そして何もせず1年が終わった。
4年目
しかしこれまた運が良く、プレシーズンはトップチームでスタメン。上手くいくプレーが多くて、ビルドアップの得意な自分は自信を持ってプレーしていた。
そしてようやく関東リーグスタメン。
でも、結局自分の弱さが出て何も出来ず交代。
その日は本当に寝られなかった。大袈裟じゃない。全てから逃げ出したかった。
そして、教育実習から戻った自分には辛い日々が待っていた。
辛かった。本当に辛かった。言葉に表せないくらい。
何回1人で夜考えたことか。明日が来ることが怖かったか。
でも、俺なら大丈夫だ、なんて言い聞かせて。
この繰り返し。
俺ってこんなに弱かったっけ。サッカー辞めた方がいいんだっけ?
何のためにサッカーしているのか、好きなはずのサッカーがよく分からない。
きつい。苦しい。
そんな日々をずっと過ごしてしまった。
そして、幼い頃からの夢である「プロサッカー選手」は遠のいてしまった。
でも、それでも、サッカーが嫌いになったかというとそうではない。そんなもので左右されるような薄っぺらい気持ちでもない。過去を振り返る必要もなければ、そんな時間もない。過去の栄光はどうだっていい。
だから、どんな日でも自分に向き合い続けてきた。どんなに上手くいかなくて、明日が来るのが怖くて寝られなくても、全てが未来のサッカーに繋がるように、俺の未来に繋がるように日々過ごしてきた。
しかし、
プロになることはできなかった。残酷だ。
小さい頃から夢見たプロサッカー選手というのを叶えることは出来なかった。
多分、これが人生なんだろうな。
思った通りにはいかなくて、結果も出ない。
もちろん全てがこうだったわけではない。瞬間瞬間では結果を出せたこともある。
勝った時ももちろんあるけれど、この20年間のサッカー人生で見れば、俺は結果を残せなかった。
こんなことを書くのは嫌だけど、それが本音だ。
一方で、
こんな弱いことを言っている自分ではあるが、
そんな自分を誇りに思っているし大好きだ。
人と違うところが俺のいいところ。
なんて思ったりもする。
最初にも負けず嫌いだということは書いたけど、「勝ちたい」という思いを持って取り組む姿勢は、誰にも負けてなかったと思う。そこは胸を張って言える。
こういう性格じゃなかったらここまでサッカーを続けることは出来ていないと思う。なぜなら、サッカーをする原動力はそこにあるから。
当然、サッカーが楽しい、とかこれまで応援して頂いた人たちに恩返しをしたい、とかそういう気持ちもある。でも、人生は一度きりで他人に左右されるような人生は嫌だ。誰に何を言われようと、自分が上手くいくまでやろうとする。勝つまで続けようとする。
こんな俺は、全ての人に好かれるようなタイプではない。
色んな人に厳しく意見を言ってきたから。対立を恐れず伝えてきたから。だから俺を嫌う人も何人もいたはずだ。
でも、それが俺の良いところでもあったりするんだけど。
入学してそうそう生意気な自分を嫌う先輩もいた。俺はグラウンドでは年齢や上手さは関係ないと思っていたから、プロになった先輩でさえ呼び捨てで指示してきた。
だからその先輩に1対1で何回怒られたか。どうでもいいことにまでケチをつけられて、次は無いぞ、なんて言われたりもした。
それでも自分を貫いた。自分が誰かに厳しく言うとなれば、それは俺にも責任が生まれて結果を示さないといけなくなるから。
その先輩に怒られた後にマッチアップしようものなら、死に物狂いでファイトする。削ってでも勝とうとする。
たとえ同じポジションでも違うポジションでも、関係なく勝とうとする。
なぜそこまで勝ちに執着するのか。結果が全てではないという考えも理解しながら、それでも結果にこだわり続けるのか。
その答えは、
サッカーが好きだから。
どんな仲間に出会おうと、どんな指導者に出会おうとサッカーが好きという気持ちは変わらない。
ただ、色んな所で「今までありがとう」とか「本当に楽しかった」というような、そんな言葉を見る。
俺はそうは思わない。だって、本当に苦しかったから。寝られない日々が何度もあったから。自分のミスで負けた試合も何度もあったから。明日が来るのが怖い日も何度もあったから。
こういうことを言うとダサいと思われるかもしれないけど、それが自分だし嘘はつきたくない。
だがしかし、恐らく、どんな物事でも俺が生きる原動力は永遠に「反骨心」だろう。どんな人にでも勝ちたい、という気持ちだろう。
俺が「負けた」となる時はこの世から去る時だけだと信じて、
そんな自分を誇りに思って
わがままで自分勝手を貫いて
俺が全て勝つまでやり続けて
戦う。
どんな時でも相手に嘘なく思ったことは伝える。本気で向き合う。それは自分に対しても。
それがGO NAKAGAWAという男だ。
最後に
俺がここまでサッカーを続けられたのは、家族のおかげ以外なにものでもない。どんな場所にも応援しに来てくれて、俺を応援してくれた。
感謝してもしきれないけど、これからも応援していてほしい。
そして、今年の9月24日に愛犬のキティちゃん(トイプードル)がこの世から去った。小学校2年生から13年間全てを共にし、どんな時でも寄り添ってくれたキティちゃんのことを考えるといつでも涙が出そうになる。(今も泣きそう。)
一瞬でも外に出て戻ってくると久しぶりに会うかのように喜んでる。そんなキティちゃんが世界一の愛犬だ。何度か実家に帰ったが、キティちゃんがいないことが不思議でならない。寂しさが半端じゃない。
なにかいつもと違う気分がする。
でも、最後に伝えたい。今まで本当にありがとう。
ズラっと書いてしまいました。これが本音です。
長い文章を読んでいただいて、ありがとうございました。