僕が5歳の頃に子猫のあめちゃんは家に来た。僕たち志村家は6人家族となった。片手で持てるくらいちっちゃくて可愛くて可愛くて仕方なかった。数ヶ月でどんどん成長して猫ってこんなにすぐに成長するんだ、人とは違う時の流れを生きているんだと思ったことを覚えている。とにかくいっぱい寝てよく遊んでいた。
家に帰ればあめちゃんが迎えに来ておでことおでこでごっつんこしてただいまをしていた。
あめちゃんはすごく頭が良くてご飯を食べる時にお座りと言うとお座りをして、手を出すとお手をしてくれた。それが可愛くてごはんやおやつがなくてもやってるとたまに怒って噛んできた。あめちゃんが怒って噛んでくると本当に痛い。ちっちゃい頃は噛まれてよく泣いていたのが懐かしい。
小学5年生の時にクロが家族に加わった。そして志村家は7人家族になった。最初のうちは仲良くしていたけどだんだん喧嘩が酷くなっていき怪我するほどに喧嘩するようになったのでクロちゃんとあめちゃんは部屋を分けるようになった。高校の時は僕の部屋があめちゃんが過ごすスペースになった。だから朝起きる時も寝る時も勉強する時も友達が遊びに来た時もずーーーっとあめちゃんが隣に居た。ぐるぐると喉を鳴らしながらベッドに登って一緒に寝たあの時間は僕にとってのかけがえのない時間だった。大学生になり寮生活で離れ離れになった。帰省すればいつもと同じようにおでこでただいまを言い、一緒に寝た。また寮に戻る時にはあめちゃんの顔が少し寂しそうな表情に感じて、すぐ帰ってくるよって言いながらバイバイしていた。
3月中旬、あめちゃんの体調が優れないと母から連絡を受けた。あめちゃんに会わないとなと思い近々帰ろうと思っていた。それまで元気なことを願っていた。まあでもそんな急にね。うんうん。
4/8
訃報が届いた。
言葉を失った。母からのLINEに「え」
それしか送れなかった。最期に会えなかった。
元気なあめちゃんの顔を見れなかった。後悔しかなかった。あの日帰ってれば、少しの時間でもあめちゃんの姿を見に行けば。もう帰ってもおでこをつけてくるあめちゃんはいない。甘えてくるあめちゃんに会いたいと思っても会えない。
次の日火葬をしに山梨に帰った。
僕の部屋には少し冷たくなったあめちゃんがお花と一緒に寝転がっていた。あめちゃんとすごしたたくさんの記憶がフラッシュバックした。
あめちゃんが撫でられて喜ぶ場所をさすった。生き返る奇跡なんか起きないかな。あくびをして起き上がって来ないかな。ぐるぐると喉を鳴らして甘えてこないかな。そんなこと起こるはずがないのに、起こりそうで何度も撫でた。
火葬場に行きあめちゃんにお別れを告げ、住職さんのお経を聞き手を合わせて目を瞑ると、甘えてくるあめちゃん、怒ったあめちゃん、眠そうなあめちゃん、走り回るあめちゃん、、、
涙が自然と溢れてきた。
あめちゃんは僕にたくさんのものをくれた。
あめちゃんと過した刻は僕の宝物だ。
15年を共に過ごしてくれてありがとう。
あめの分も必死に生きるから空から見守っててね。ありがとう。
これからもずっと志村家は7人家族だ。
拙い文章でありましたが最後まで読んで頂きありがとうございました。
これからも専修大学体育会サッカー部へのご支援、ご声援をよろしくお願い致します。


