自分はサッカーをやってきた人間の典型例だと思う。
小さいころは何にでもなれる気がして、
大きな大きな夢を抱いて、
毎日サッカーに夢中で、がむしゃらで。
でも、人は“何にでもなれる”わけじゃない。
その現実を知ったとき、夢を夢のまま信じられなくなった。
いつからだろう。
たぶん、中学生だった。
選抜に呼ばれるようになって、いろんな選手とプレーして、
“上には上がいる”という当たり前の事実を思い知らされた。
それでも必死にサッカーを続ける自分がいた。
理由を考えると怖くなるから、深く考えないようにした。
そんな自分に、川崎フロンターレから声が掛かった。
嬉しかった。
心の底で一度死んだと思っていた夢が、また息を吹き返した。
「もしかしたら俺、プロになれるんちゃう?」
現実を知ったのに、また夢を抱いていいのかもしれない。
そう思ってしまった。
でも、入ってみてわかった。
また現実は残酷だった。
歯が立たない。
何もできない。
楽しくない。
夢に近づいたはずなのに、遠さばかりが突きつけられた。
でも、辞めたくなかった。
辞めたら何も残らない気がした。
サッカーだけじゃなく、自分自身が終わってしまう気がした。
だから続けた。
苦しくても、情けなくても、続けた。
大学でもサッカーを続けた。
今思えば理由ははっきりしている。
中学・高校の頃に感じた
「辞めたら自分が終わる」
という感覚がずっと心にあった。
大学なら自分なりに区切りをつけられる気がしていた。
長かったようで短かったサッカー人生。
気づけば終わっていた。
夢も、挫折も、誇りも、後悔も、
全部ひっくるめて自分を形作ってきたものが、ひと段落した。
でも、特別な何かがあるわけじゃなかった。
劇的な瞬間も、涙もなかった。
残ったのは、静かな虚しさだけだった。
引退して少し経って思う。
多分、私は自分に期待していたのだと思う。
もっとやれる。
もっと頑張れる。
もっと打ち込める。
もっと上手くなれる。
もっと目指せる。
でも、その“もっと”を行動にしないまま引退の日が来た。
自分の期待する自分になれなかった。
そして、それを自分が一番よくわかっている。
これが、本当の自分なんです。
断片的に見れば、思い出はたくさんある。
楽しいことも、悔しいことも、嬉しいことも。
誰かが聞けば「いいサッカー人生だったね」と言ってくれるかもしれない。
でも、全部を知っている自分にとっては、これが本音なんだ。
本当は、読んだ人が涙するような、
「立派なサッカー人生だった」と言ってもらえるような
綺麗なブログを書きたかった。
でも、それは自分が期待する自分じゃない気がして辞めた。
嘘を書きたくなかった。
強がりも、美談も、作り話もいらなかった。
だから、そのままを書くことにした。
「じゃあ、これから自分は何者として生きていくんだろう」
サッカーがない自分は、まだうまく掴めなくて、その空っぽさと向き合うのが少し怖い。
でも、それでも前に進むしかない。
サッカーが終わっただけで、自分は終わっていない。
ずっと“辞めたら何も残らない”と思い込んでいたけれど、
実際にはこうしてまだ立っている。
期待に応えられなかった自分から、これから始めるしかない。
完璧じゃなくていいし、答えがなくてもいい。
ゆっくり、自分が惹かれるものを探せばいい。
サッカーがくれた喜びも悔しさも全部抱えたまま、
ここからは自分の人生を歩いていく。
まだ何者でもない自分が、何になるのか、
これからは期待するだけではない、その期待を現実にしたい。
引退ブログには親への感謝だとか、後輩達へのアドバイスだとか、サッカーで関わった人への思いを伝える場なのかもしれない。
色々書きたいこともあったけど、サッカーが自分にとっての全てではなく、この先の長い人生の中のひとつにすぎないのだと言い聞かせたかった。
だから、思った引退ブログではないのかも知れないが、これが僕の引退ブログです。
最後に、
11月22日(土)に2部昇格を目指した入れ替え戦があります。自分は引退してしまいましたが、頼もしい同期のメンバーと笑っちゃうくらい上手い後輩達が専修大学を背負って戦います。どうか熱い応援をお願いします。必ず、彼らならその期待に応えてくれます。よろしくお願いします。
専修大学4年 久保田大吉


