こんにちは
今回ブログを担当させていただく、1年の神山寛尚です。
みなさんは今選べる立場ですか。それとも、選ばれる立場ですか。ブログに書くことを考えていた際、私はドラフト会議を見ていました。ほとんどの人は選べる立場から始まったのではないでしょうか。自分が選ぶ側だったことが、もし今選べない立場なら、それはなぜでしょうか。例えば、企業ではあなたを採用するのは企業側であり、選ばれる側です。しかし、だからと言って全てが企業側にかかっているわけではありません。その企業の面接でのアピールの仕方を選んだのはあなたであり、もっと言えば、企業を受けることを選んだのはあなたです。基本的に我々は選ぶことから始まります。私は親や周りのサポートのおかげで、これでしか生きる道がないという現実に直面していません。しかし私はこの状況に慣れて何かを始める状況が整っていることに恐さを感じます。AがだめならB、それもだめなら、と選択に意思が弱くなっています。選択と意思がその後の責任や忍耐に繋がり、成長の糧となると考えています。やるべきことから考えるのではなく、自分のやりたいことと得意なことを区別し、自分にあった道を選択し、そのほかのあらゆることを犠牲にしてでもやりきる意思をもつこと。そうでなければ自分が思うような結果や充実感は得られません。最後に選ばれないことほど苦しいことはありません。あいつら俺を選ばなかったということほど、醜いことはありません。大学生活の一年目の大半を過ごして環境にも慣れ、大学がどういう場所かも把握できてきました。なかなか結果も出ず、苦しんでいる今のCチームですが、表には打ち明けなくても、情熱をもった心強い仲間がいます。私はCの仲間を見てサッカーを続ける選択をした一員です。サッカーを続けるために浪人を避け、門をたたいたことに責任を持ち、日々の選択に自信をもって少しずつでも自立できるよう前進していけたらと思います。
拙い文章でしたが最後まで読んでいただき有難うございました。


