あーラストブログが回って来たよ。
毎年毎年、先輩のラストブログを見ながらいつか自分にも回ってくると思ってたことが来てしまい、2週間前から何を書こうと迷いに迷った結果、最後は自分の4年間の想いを書こうと思います。
自分には天才的な文を書くことができないので、嫌だったら見なくていいです。嘘です。最後まで読んでくれたらうれしいです。
それでは本文へ。
12月2日、関東大学サッカーリーグ2部参入戦を順天堂大学と戦った。結果は2-2。順位が下だった専修大学は3部残留となった。
終了を告げるホイッスルが鳴ったと同時に、その場に崩れ落ちる同期や後輩の姿があった。
あの場で1番悔しいという感情が込み上げてくることが普通だが、自分にはその感情がなかった。
それは不完全燃焼だからなのか。
分からない。
ただただ、終わったんだという感覚だった。
試合後のラストミーティングでは、選手だけでなく、監督やコーチも涙を流していた。
自分の目には一粒も涙はなかった。
なんで涙が出ないのかはなんとなく分かっていた。
いつからか死ぬほど大好きだったサッカーが大好きだと心から自信を持って言っていいのか分からなくなっていた時期があった。
そこからはサッカーに対して身が入らず、練習を黙々とこなす日々が続いた。
このまま大好きだったサッカーを自分は手放すのかなと思っていた。
そんなことはできなかった。
できるはずがなかった。
だって、自分の人生はサッカーそのものだから。
サッカーに出会っていなければ、自分の人生はつまらないと言っていいほどサッカーが大好きだった。
自分のサッカー人生を楽しくしてくれたのは、多くの人との関わりがあったからだと思ってる。
その大重要人物として片瀬晴城という男がいる。
中学、高校、大学と素晴らしい指導者に出会うことができた。
でも高校での片瀬晴城との出会いは、自分のサッカー人生を明るくしてくれた。
初めてこの人みたいになりたいと思った。
サッカーというスポーツの楽しさを教えてくれた。
だからこそ、全国大会に2回出場できたことは一生の思い出。
全国大会優勝を本気で目指した、インターハイは2回戦で負けちゃって、その相手が優勝するという悔しい形になった。
頂点からの景色を見せれなくてごめんなさい。
あなたとやるサッカーが一番好きです。
大学進学後も気にしてくれて、こまめに連絡をくれて、この人の為にも頑張ろうと思えました。
ありがとうございました。
4年間という大学サッカー人生は長いようで短い。
プロサッカー選手になるという夢を必死にもがき続けた4年間。
結果、夢をかなえることはなかった。
卒業後、サッカーを続けるか悩んだ。めちゃくちゃ悩んだ。
沢山の人から、「辞めたらもったいないよ」と言われた。
自分でももったいないと思う反面、限界だと思っていた。
JFLや地域リーグでサッカーをやることも考えた。
でも、就職することを選択した。
この選択を後悔していない。
専修大学で4年間サッカーできてよかった。
心の底から「ありがとう」
最後に家族へ
直接話すのが多分難しいので、この場で。
サッカーをやらせてくれてありがとう。
一番のサポーターでいてくれてありがとう。
どんな時も俺の味方でいてくれてありがとう。
考えたらたくさんのありがとうが出てくるのでここらへんで。
俺がプロサッカー選手になって活躍することを望んでいたと思うけど、なれなくてごめん。
期待に応えられなくてごめん。
夢を叶えられなくてごめん。
だけど、今の俺には新しい夢が出来たよ。
まだ話すことはやめとくけど、いつか話そうかなと思っているよ。その時も見守ってください。
14年間俺のサッカー人生に付き合ってくれてありがとう。
ありがとうサッカー。
楽しい14年間だったよ。じゃあね。


