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部員ブログ

2024.10.03
冨士瑛生
手段と目的

ブログを担当させていただく2年の冨士瑛生です。

よろしくお願いいたします。

 

やっと暑くて溶けそうだった夏の終わりを感じられ、後期の授業も無事に始まりました。それと同時に今シーズンの終わりも着々と近づいてきているのを感じます。今シーズンの最後に皆で笑えるように、ここからギアを上げていかなければなりません。

 

今年の夏休みに「手段の目的化」という言葉を目にする機会がありました。手段の目的化というのは、本来目的を達成するための手段のひとつにすぎないことが、ふとした時にその手段を行うことが目的になっている現象のことです。

この現象が起こるときは、基本的に物事がうまくいっていない証拠になります。なぜなら、本来達成するべき目的が明確に存在しない状態だからです。何かに取り組む時、誰しもその最終到達点を設定します。その最終到達点に届くために必要な手段を考えて行動するものです。

 

現在、私は怪我のためプレーすることができません。毎日の練習のほとんどを外から見ている状態です。この言葉を目にしてから、練習の見方に変化がありました。

練習に対して「どういう目的で組まれているのか」、ひとつひとつのプレーに対して「あの選手は今何を目的にプレーしているのだろうか」と考えるようになりました。そう考えているうちに気づいたことは、目的を見失っている状態でプレーをしても反省して改善できないということです。

 

例えば、現在のチームは練習の頭からたくさん走ります。そのトレーニング時に、監督は何を目的として走るメニューを増やしているのだろう、選手たちは何を目的に走っているのだろうと考えるようになりました。仮に選手たちが早く終わってくれと考えて走っているのなら、監督の目指しているところに選手たちは近づけるのだろうかと疑問に思うことがあります。走りのトレーニング以外のすべての練習でも同様に、もし監督の意図していることが伝わっていないままトレーニングを続けるのなら、もったいない時間になりかねないと感じます。やはり、基本のパス練習ひとつ取っても、監督側と選手側の目的や意図が合って初めて試合に生きてくると考えます。

 

サッカーでの目的はどんな時もゴールを奪うことです。その目的を達成するための手段として、走り負けないことや、ポゼッション、ロングボール、クロス攻撃といったチームの攻撃戦術があると考えます。

だからこそ、日々の練習ひとつひとつを単にこなすのではなく、手段の一つであると認識し、目的を見失わないことが重要だと思うのです。

 

 

怪我をして良いことは基本的にはありません。ただ、怪我をしているからこそできることは必ず存在します。今回の気づきが正解だとは思いませんが、何も考えずに練習を眺めていても成長はできません。復帰してから自分自身の成長速度をさらに上げられるように、今できることをやり続けます。

 

 

手段が目的化しないように。

常に目的・目標を据えながら思考していく。

 

 

 

シーズンも終盤に入ってきて、勝ち点を落とせない試合が続きます。これまで以上に熱い声援・応援をよろしくお願いします。

長くて拙い文章を最後まで読んでいただきありがとうございました。

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