吐く息も白くなり、冬の到来が間近に感じられるこの頃、皆様にはつつがなくお過ごしのことと存じます。
今回ブログを担当させていただく4年の河原慎吾です。
文を書くのが得意ではないので見苦しいかもしれませんがご了承ください。
4年という月日はあっという間に終わった。
高校時代も3年間は短かったと感じたが、大学はさらに短く感じた。
これは歳のせいだろうか。それとも充実していたからだろうか。
絶対に歳のせいだ。
冗談はさておき1年から振り返ります。
1年
期待と不安を持って入部したときのことを今でも鮮明に覚えています。
全国各地から集まった精鋭とともにサッカーする日々はとても楽しいものになると思っていたが、自分たちのカテゴリーは指導者もいなく練習場所もボールも限られていて絶望しました。
小さいコートで1対1、ボール回しだけの毎日が続きました。そして2か月に1回くらい練習試合をやったけど試合勘がなさ過ぎて勝てる気がしなかったです。
最後の方にIリーグに呼ばれるようになって、初出場した試合で2アシストしたときは嬉しすぎていろんな人に報告しちゃいました。
2年
昨年思うように試合に出られず悔しい思いをした経験を活かし頑張ろうと意気込んでいた時にコロナウイルスの蔓延により、一定期間の休部になりました。
サッカーの練習がなく講義もオンラインになり、普通に会っていた友人や実家の家族にも会えないといった、普通にできたことの大切さを再確認することができました。また今までとは生活スタイルも変わり自分の時間が増え、自分自身を客観的に見つめ直すことができ、個人的にはとても意義のある一年になったと思います。
活動が再開してからは、サッカーのできる喜びを感じることができましたが、肝心の試合では毎試合途中出場で結果も残すことなく不甲斐ないまま終わりました。
3年
まさかのA2スタート。いままで一番下のカテゴリーでもがいていた自分にとっては大出世だ。
練習後にも何人かで残り自主練し、あの時の向上心はチームで1番だったと自分では思っています。
その結果もあったのか、試合でスタメン出場する機会をもらい、試合で点を決め、アシストすることで目に見える結果が出すことができました。
正直、自分でもうまくいきすぎてビビりました。
そんな中、当時A2のコーチの安永さんにTOPチームに行くか聞かれ、普通なら即答して行くと答えると思います。しかし上がりたい気持ちはあったが、TOPチームにビビっていたのと1年2年と2年間も試合にまともに出ていなかったので、試合に出られている状況に満足している自分がいて、考えさせてくださいと伝えました。
その時に齊藤出くんと北川貴大くんに連絡し、心の後押ししてもらったのを覚えています。2人には感謝しています。あざっす。
結局TOPチームに上がりましたが、みんな上手くてついていくので必死でした。
紅白戦でなれないサイドバックをやることが多かったけど、自分がこのチームにとって少しでもプラスになりたいと思い、周りに指摘されながらも人一倍頑張りました。
一瞬関東リーグに登録されたけど、その2週間後にはA2に降格していたのは悔しかったけど、こんなにも高いレベルのメンバーと一緒に練習でき、自分のレベルを痛感できたので良い思い出となりました。
4年
この1年は「A4」という4年が中心のカテゴリーで活動しました。今までのサッカー人生の中で1番楽しく、1番辛かったです。
「自分が活躍してこのチームを勝利に導く」と覚悟を持って臨みました。
4試合連続ゴールやチーム内で一番点を取ったとかは目に見える結果として残せてうれしかったです。
しかしそんなことはどうでもいい。自分の力不足でチームを勝たせることができなかったことが悔しすぎる。
本当にA4のみんなには申し訳ないと思っています。ごめん。
でもみんなとサッカーがやれて本当に楽しかったです。みんなと一緒にやれたからこそサッカーを心の底から楽しめたし、辛いときも乗り越えることができました。
4年間振り返ると様々なことがありました。
辛くて悲しいこともあり目の前の自分から何度も逃げ出したくなりました。
でもそんなときに仲間が支えてくれました。
この仲間は一生大切にしたいと思います。
同期へ
癖の強い人たちの集まりでした。
特にA4の人は朝練にギリギリに来るし、練習に全員が揃ってやることは少なかったけどそれも良い思い出です。
でもそんなみんなと4年間同じチームでサッカーができて本当に幸せでした。
これから活躍する道は違いますが、お互い頑張りましょう。
後輩たちへ
4年間はあっという間です。
自分みたいに力不足で後悔したとだけはなってほしくないので、何事でもいいので全力で何かに取り組んでください。(北川君のブログに良いことが書いてあるので読んでない人はぜひ読んでください。)
両親へ
17年間もサッカーを続けさせてくれてありがとうございます。
お父さん、小さいときに仕事終わりで疲れているのにも関わらず、夜遅くまでドリブルとかキックを教えてくれたのは本当に感謝しています。お父さんみたいな心広くて優しい人になれるように頑張ります。
お母さん、辛い時や苦しい時にいつも親身になって考えてくれたり、高校の時には毎朝早起きして美味しいお弁当作ってくれたりありがとうございます。お母さんからの愛情のおかげで元気に育つことができました。
今後も少しだけ甘えることもあると思いますがよろしくお願いします。
今までもらった愛情の分だけ親孝行するので楽しみにしていてください。
じいちゃんへ。
小さい時から一番応援してくれて大切な試合にはいつも応援に駆けつけてきてくれて本当に嬉しかったです。
もっと活躍している姿が見せることができたら良かったなと後悔しています。
いつも試合前には空を見てじいちゃんに力をもらっていました。
これからはサッカー以外のことで頑張るので天国から応援してください。
最後に
幼稚園の帰り際、友人からの何気ない誘いから始まったサッカー人生。
あの時はこんなにも色鮮やかで波乱万丈なものになるとは想像もしていないだろう。
サッカーを通して多くの人と出会えた。
多くの価値観に触れ、いろんな考え方も学んだ。
引退してからさらに思う。
サッカーって素晴らしいなと。